バルト三国とヘルシンキ
2024年6月25日(火)~7月2日(火) 8日間
◎金婚式を記念してJTB旅物語で、初めて訪ねる「バルト三国とヘルシンキ」に行った。
リトアニア(ヴィリニュス)、ラトビア(リガ)、エストニア(タリン)、
フィンランド(ヘルシンキ)
フィンエアー航空会社(Finnair Company)直行便利用(片道約13時間)
北極海・北極点付近 20:30
88°56′17″N、3°22′1730″N、
◎参加者は、定年退職した夫婦 4組と知人同士1組と個人参加2名の12人であった。
参加者のほとんどは旅慣れた人たちであった。
JTB旅物語添乗員・坪田宣子さんは、経験豊富な30~40代の女性であった。
バルト三国とヘルシンキ8日間参加者12名 2024年6月26日(水)11:27
リトアニア・ヴィリニュス展望台にて
Haru夫妻、Kaiさん、Kuwaさん、Kitaさん、Sai夫妻、Saku夫妻、Kuri夫妻、Sugiさん
◎2023年5月の「クロアチア・スロベニアの旅」は、すべての日が雨であったが、
今回のバルト三国とヘルシンキの旅は、すべて快晴で乾燥した天候に恵まれた。
◎リトアニア・カウナスからシャウレイの十字架の丘に行く途中45km手前で
観光バスのエンジンが止まった。
何もない路上で約1時間、代替えの観光バスを待った。
燃料ポンプの故障と推測されるが、白い観光バスの背面が黒く汚れた。
車両火災にならなくて良かった!乗った時からバスが加速しないなど調子が悪かった。
白い車が燃料か油漏れで黒くなった。
◎JTB旅物語 コース番号E1871-0,-P,-C パンフレット
◎申し込み受け付け日:2024年4月24日、出発日:2024年6月18日(催行中止)
出発日変更:2024年6月25日
◎旅行費用:960,840円(2名)
旅行費用内訳(コース番号E1871-0)480,420円*2名
旅行代金:399,800円*2名、燃油サーチャージ:75,660円*2名、
成田空港施設使用料:3,010円*2名、海外空港税:6,350円*2名
国際観光旅客税:1,000円*2名、航空会社システム使用料:4,600円*2名
早期申込特別割引:-10,000円*2名
◎海外旅行保険:17,510円(2名)ジェイアイ傷害火災保険(t@bihoたびほ)
◎JTB旅物語のこのコースは、インターネット申込、クレジットカード決済のみで、
現金振込等は電話での申し込みであった。
クレジットカード決済時に支払限度額(80万円)を超える支払いになり、
JTB旅物語「電話での相談・予約」窓内に電話して郵貯からの振込をした。
旅行日程
1日目:6月25日(火)晴れ、東京27℃~35℃、6,892歩
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)・・
成田国際空港23:05~(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)~
2日目:6月26日(水)晴れ、リトアニア・ヴィリニュス13℃~27℃、13,128歩
~05:55 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(フィンランド)07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
[世界遺産]ヴィリニュス歴史地区観光(約2時間)
◎聖ペテロ&パウロ教会、◎聖アンナ教会、◎杉原千畝記念碑
リトアニア・トラカイへ(約30km/約30分)
15:15 ●トラカイ城観光(約1時間30分) (●印:入場観光、◎印:下車観光)
ビリニュスへ(約30km/約30分)
17:30ホテル着 Park Plaza Hotel Vilnius
3日目:6月27日(木)晴れ、リトアニア・カウナス15℃~30℃、11,152歩
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
10:15 [世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
●杉原記念館(旧日本領事館)、◎市庁舎、◎大聖堂、◎カウナス駅
リトアニア・シャウレイへ(約177km/約2時間15分)
16:00途中でエンジン故障バス交換約1時間待機16:56
(15:45予定)17:30 ◎十字架の丘(約30分) (●印:入場観光、◎印:下車観光)
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
(20:00ホテル着予定)21:30 Bellevue Park Hotel Riga
4日目:6月28日(金)晴れ、ラトビア・リガ20℃~32℃、14,414歩
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
10:30 ●ルンダーレ宮殿観光(約1時間30分)
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
14:00 [世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
●聖ペテロ教会、◎リガ大聖堂、◎スウェーデン門、◎リガ城、
◎三人兄弟の家、◎火薬塔 (●印:入場観光、◎印:下車観光)
19:30ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga
5日目:6月29日(土)晴れ、ラトビア18℃~34℃、11,837歩
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
「ラトビアのスイス」と呼ばれるガウヤ国立公園へ(約72km/約1時間15分)
10:30 大自然の中にある2つの古城めぐりにご案内!(約2時間)
●トゥライダ城 ●スィグルダ城址 (●印:入場観光、◎印:下車観光)
スィグルダからガウヤ渓谷の対岸のクリムルダまでロープウェイ乗車
13:45 エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
20:00ホテル着 Radisson Blu Hotel Olumpia
6日目:6月30日(日)晴れ、エストニア・タリン14℃~21℃、14,348歩
09:30 Radisson Blu Hotel Olumpia発
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂、◎聖カタリーナ通り、◎旧市庁舎、
●聖ニコラス教会、◎大聖堂、世界遺産の美しい街並みを見下ろせる◎展望台
(●印:入場観光、◎印:下車観光)
昼食後、空港へ
エストニア・タリン空港発17:00〜(Finnair‐AY1022、ATR72、所要時30分)
~17:30ヘルシンキ・ヴァンター国際空港
18:00ホテル着 Break Sokos Hotel Flamingo
7日目:7月1日(月)晴れ曇り、ヘルシンキ13℃~21℃、16,560歩
08:30 Break Sokos Hotel Flamingo発
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂、◎マーケット広場、◎シベリウス公園、◎ヘルシンキ中央駅
(●印:入場観光、◎印:下車観光)
観光後、自由行動(約3時間)マーケット広場にて昼食
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港17:35~
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~
8日目:7月2日(火)曇り、東京24℃~32℃、2,875歩
(12:55予定)12:40成田国際空港・・12:57成田空港第2ターミナル13:55・・(京成高速バス1,300円)・・15:10八重洲南口バスターミナル・・
東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・・(K車・ハイエース)・・17:40自宅
歴史的には、エストニアやラトビアは北欧諸国やドイツとつながりが深く、
リトアニアはポーランドとのつながりが深い。
また3カ国ともロシアとも深く関わってきた。
関連用語:リヴォニア帯剣騎士団、デンマーク王、ドイツ騎士団、チュートン騎士団、
テンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団、ポーランド王国、プロイセン王国、プロシア公領、
エストニア公国、リトアニア大公国、ハンザ同盟、リューベック、ハンブルグ、ブレーメン
◎フィンランド共和国(Finland) フィンランド - Wikipedia
首都:ヘルシンキ
公用語:フィンランド語93.4%、スウェーデン語5.9%
人口:556万人、出生率8.1‰、特殊出生率1.41
GDP:名目GDP 3005億ドル(48位)、1人当たり名目GDP 54,007ドル(16位)
国家安全保障:常備軍16,500人、最大動員数34,700人、軍事費GDP1.4%、
徴兵制(6~12ヶ月)、NATO加盟(2023.4.4)
民族比率:フィン人91.7%、スウェーデン人5.5%、外国人5.8%
宗教:フィンランドルター派教会78%、無宗教20%、フィンランド正教1.1%
社会:高福祉高負担国税比率43.9%、国民総幸福量(GNH)世界1位
文化:サウナ文化200万カ所(ユネスコ無形文化遺産)、図書館利用率高い
その他:キシリトール発見、オンカロ処分場、NOKIA、Linux
◎エストニア共和国(Estonia) エストニア - Wikipedia
首都:タリン
公用語:エストニア語68.5%、(ロシア語29.6%)
人口:137万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 408億ドル(100位)、1人当たり名目GDP 29,839ドル(40位)
国家安全保障:最大動員数43,700人、軍事費GDP3.25%、徴兵制(8~11ヶ月)、
NATO加盟(2004)
民族比率:エストニア人69.7%、ロシア人25.2%、ウクライナ人1.7%
宗教:無宗教49%、正教会25%、ルーテル教会20%
社会:残留ロシア人問題、エストニア人とロシア語系住民の断絶
文化:パーヴォ・ヤルヴィ(2015年からNHK交響楽団の首席指揮者)
その他:電子政府・電子国家(e-ストニア)、電子居住権(E-Residency)制度、データ大使館・専用サーバー(ルクセンブルグ)、報道の自由度世界8位、IT技術者多い、Skype
◎ラトビア共和国(Latvia) ラトビア - Wikipedia
首都:リガ
公用語:ラトビア語58.2%、(ロシア語37.5%)
人口:189万人、出生率8.5‰、特殊出生率
GDP:名目GDP 437億ドル(97位)、1人当たり名目GDP 23,153ドル(45位)
国家安全保障:常備軍7,500人、予備役36,000人、軍事費GDP2.33%、徴兵制、
NATO加盟(2004)、NATO軍兵士1500人駐留、平和度1.58(27位)
民族比率:ラトビア人62.7%、ロシア人24.4%、ベラルーシ人3.1%
宗教:ルーテル教会35.9%、無宗教24.2%、ロシア正教18.6%、
ローマ・カトリック教会19.6%、ラトビア神道697人
社会:非国籍者・無国籍(ロシア人18万人)問題、ラトビア民族主義者
文化:ギドン・クレーメル(ヴァイオリニスト)、マリス・イヴァルス・ゲオルグス・ヤンソンス(バイエルン放送交響楽団首席指揮者)、アンドリス・ネルソンス(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長)
その他:国籍取得の条件にラトビア語習得が義務付け
◎リトアニア共和国(Lithuania) リトアニア - Wikipedia
首都:ヴィリニュス
公用語:リトアニア語
人口:288万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 779億ドル(39位)、1人当たり名目GDP 27,026ドル(43位)
国家安全保障:常備軍人15,000人、最大動員数10万人、NATO加盟(2004)、
パブラデにアメリカ陸軍の重戦車大隊駐留(2019~)
民族比率:リトアニア人84.6%、ポーランド人6.5%、ロシア人5%、ベラルーシ人1%
宗教:ローマ・カトリック教会79%、無宗教9.5%、正教会4.1%
歴史:紀元前3000年前インド・ヨーロッパ祖語の民族、紀元前3000年前バルト族定住、
1230年ミンダウガス諸部族統一、1253年7月6日リトアニア王戴冠式、1410年ドイツ騎士団に勝利、16世紀ポーランド王国と合同、1655-1660年コサックの反乱「大洪水時代」、
「北方戦争」スウェーデン軍に敗退、1700-1721年「大北方戦争」で荒廃、
1772年ロシア帝国・プロイセン・オーストリア帝国(ハプスブルク帝国)により分割、
1795年までにポーランド・リトアニア共和国解体(ロシア帝国領)、1918年リトアニア共和国として一時独立、1940年ソ連の侵略、1941年ナチス・ドイツの侵略、1945年ソ連の構成共和国、1990年リトアニア共和国、2004年NATO加盟、EU加盟、2015年ユーロ導入、2018年OECD加盟
社会・経済:バイオテクノロジー、レーザー産業、アパート住い59%、一戸建住宅32%、
一律課税政策所得税24%法人税15%消費税21%、鉱物資源全く無い
その他:パランガ琥珀博物館、ミサイル基地跡・冷戦博物館、
ロシアの飛地からの秘密トンネル、カリーニングラード州(ロシアの飛地軍港・旧ドイツ領・東プロイセン・バルチック艦隊出航地)、ロシアからの列車通過禁止問題
◎参考:日本(Japan) 日本 - Wikipedia
首都:東京
公用語:日本語
人口:1億2462万人、出生率6.3‰、特殊出生率1.20
GDP:名目GDP 4兆2129億ドル(4位)、1人当たり名目GDP 33,806ドル(32位)
国家安全保障:陸自約15万人、海自約4万5000人、空自約4万7000人、統合幕僚監部など4000人、合計24万7000人、予備自衛官など約4万8000人、防衛省文官約2万1000人
防衛費GDP1%、平和度1.34(9位)、日米安保条約締結
民族比率:日本人97.5%、中国人0.6%、ベトナム人0.4%、韓国人0.3%、その他1.2%
宗教:無宗教62%、仏教31%、神道3%、キリスト教1% 宗教法人数:180,544
社会:少子高齢化社会、エネルギー資源問題、格差社会、積極的平和指数12位
旅行記録
1日目:6月25日(火)
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)
集合時間:21時05分(出発2時間前)
2万円=110EUR(10EUR*6枚+5EUR*10枚)+720円
成田国際空港・フィンエアー航空会社 22:17
成田国際空港23:05~(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)~
Airbus A350-900:Airbus社が製造するワイドボディ機、2013年6月14日に初飛行、
登録機体数517機、全長66.8m、高さ17.05m、航続距離15,000km、最大座席数391席、
最大離陸重量283t、最大ペイロード53.3t、巡航速度905km/h (max950km/h)、
最大燃料搭載量141kl、ロールスロイストレントXWB-84、価格3.11億ドル
対地速度:16km/h、時差:6時間
2日目:6月26日(水)晴れ、リトアニア・ヴィリニュス13℃~27℃、13,128歩
~05:55 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(フィンランド)07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
到着予定時間5:55より約45分早く着いた。
JTB添乗員:坪田宣子さん、参加者:12名
ヴァンター国際空港07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 7:20
ヴァンター国際空港07:45~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:25 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ATR72-600:フランスとイタリアの航空機メーカー製のターボプロップ双発旅客機、
エンジンはプラットアンドホイットニーPW100、全長27.2m、総座席数70席、
巡航速度510km/h、1988年初飛行、現在の開発が続けられている。
ヴィリニュス第3天然ガス火力発電所(容量360MW)の排気塔
リトアニア・ヴィリニュス付近 9:06
ヴィリニュス国際空港(リトアニア) 9:14
ヴィリニュス国際空港工事中
[世界遺産]ヴィリニュス歴史地区観光(約2時間)
ヴィリニュス歴史地区
14〜18世紀までリトアニア大公国の首都、バルト海から黒海まで広がる大国になった。
ヨーロッパでも最大級の旧市街がある都市。
16世紀には東欧でも3番目に古いヴィリニュス大学開校。
17世紀からは戦争で町が破壊されたりペストの影響で人口が激減したりと衰退した。
第2次世界対戦時に徹底的に建築物は破壊され、ほとんどが戦後に復元された。
ゴシック、ルネッサンス、バロックなど、さまざまな時代の建築物が見られる。
世界遺産評価:数世紀にわたって東欧の建築と文化の発展に多大な影響を及ぼした。
市内にはリトアニアから勝手に独立した「ウジュピス共和国」がある。
桜の木は、杉原千畝生誕100周年を記念して早稲田大学が2001年10月2日植樹した。
周辺に国立芸術ギャラリー、Swedbank、Swedbank Life Insurance SE Lietuvos filialas、
Radisson Blu Hotel Lietuva, Vilniusなどがある。
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情し、
1940年7月から8月29日にかけて、亡命ユダヤ人など約6千名の大量のビザ(通過査証)を発給し、根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。
聖ペテロ&パウロ教会リーフレット
聖ペテロ&パウロ教会 11:13
ヴィリニュス大聖堂(カトリック教会)、聖アンナ教会、ヴジュピス共和国
リトアニアの首都・ヴィリニュスの中心に位置する小さな独立宣言した国。ヴジュピスは、リトアニア語で「川を越えて」という意味。川はヴィルネ川。
1997年4月1日にエイプリルフールのイベントとして独立宣言した。その後、アーティストや自由主義者たちによって実際に機能する自治区として発展した。
自由と芸術の精神で満ち溢れ、独自のユニークな憲法で知られている。
◎聖アンナ教会 11:44
1495〜1500年に造られたゴシック様式の教会
教会内はバロック様式で装飾、時計塔はネオゴシック様式、
さまざまな時代の建築様式の集合体。
教会の向かいには、大きな木が建っていて、のんびり雰囲気。
ナポレオンも気に入り「パリに持って帰りたい」と言ったという。
1251年、十字軍の弾圧から逃れるため、当時のミンダウガス王が
キリスト教を受け入れて最初に建造した主教座教会。
8世紀に建築された新古典主義の建築様式
現在の姿は18世紀に改装した後のもの。
8世紀に建築された新古典主義の建築様式
大聖堂広場の「人間の鎖」の起点 12:14
1989年に旧ソ連から独立を求めるバルト三国の人々が手を繋ぎ、
600kmに渡って作られた「人間の鎖」の舞台となった。
ヴィリニュス大聖堂 12:15
大統領が官邸か市内に居る時は大統領の紋章の国旗が掲げられている。
16世紀頃はヴィリニュス総督の住居、1997年改装され大統領官邸になった。
トラカイ城観光(約1時間30分)
トラカイ島城 15:15
古都「トラカイ」:リトアニア大公国の中心的な場所。
街には約200の湖がありリトアニアの避暑地として人気の観光地となっている。
「トラカイ歴史博物館」として一般に公開されている。
ケーストゥティスという統治者の奥さんのために14世紀に建立
大公国の首都がヴィリニュスに移った16世紀中頃には政治的な力は失う。
しかし長い間、王室の夏の住居として使われていた。
また、政治犯を収容するための「豪華すぎる収容所」としても使われた。
ヴィリニュスへ(約30km/約30分)
17:30ホテル着 Park Plaza Hotel
旧:Crown Plaza Vilnius Hotel
3日目:6月27日(木)晴れ、リトアニア・カウナス15℃~30℃、11,152歩
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
Park Plaza Hotel部屋から 6:33
ヴィリニュステレビ塔(326.4m)
ヴィリニュス大学医学部 7:36
[世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
カウナス(Kaunas):リトアニア第2の都市
カウナス城 10:19
ネリス川とネムナス川が合流する地形上の要所に建てられている。
13世紀にドイツ騎士団の侵攻に備えるために建造された。
17~18世紀にかけて戦争により破壊され、現在は塔と城壁の一部が残っている。
◎カウナス市庁舎工事中 10:42
ゴシック建築、15 世紀初頭に建設、高さ 53mの塔、
帝政ロシア時代は政治犯の牢獄、その後は皇帝の別宅などにも使用されてきた。
現在は、結婚登録所に使用されている。館内の一部は陶器博物館。
杉原千畝記念館にて 11:54
杉原千畝:明治33年(1900)1月1日 - 昭和61年(1986)7月31日
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。
1940年7月から8月29日にかけて、亡命ユダヤ人など約6千名の大量のビザ(通過査証)2193通を発給し、根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。
「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。
カウナス領事館閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、
1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。
大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、
1947年4月に日本へ帰国した。外務省からの訓令に反したため退職通告後依願退職した。
2000年の河野洋平外務大臣による演説で名誉回復した。
日本人では唯一「諸国民の中の正義の人」としてイスラエルから表彰された。
杉原千畝 12:00
在カナウス領事代理 杉原千畝
(印)在カナウス大日本帝国領事館
約1時間何もない路上で待った。
燃料ポンプの故障と推測されるが、白い観光バスの背面が黒く汚れた。
車両火災にならなくて良かった!乗った時からバスが加速しないなどの調子悪かった。
◎[世界遺産]十字架の丘(約30分)
初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシア帝国に対する11月蜂起の後である。
リトアニアがソ連の統治下にあった1944年から1990年、
ソ連は3度にわたりブルドーザーでこの丘にある十字架を撤去した。
しかし十字架の丘はリトアニア人たちの宗教や遺産への忠誠心を示し復活した。
十字架の数は、約50,000と推測されている。
参考:KGBジェノサイド博物館(ヴィリニュス)
十字架の丘(カトリック教)
1993年9月7日、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘を訪れ、
ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所であると述べた。
2000年、フランシスコ会の修道院がこの丘の近くに完成した。
十字架の丘の後方、カジミエシュ県聖ヨハネ騎士団の修道院
十字架の丘周辺は麦畑 17:56
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
モッツァレラチーズとトマトのサラダ
ナイフが縦に立つようになっている。
4日目:6月28日(金)晴れ、ラトビア・リガ20℃~32℃、14,414歩
ラトビア・ルンダーレ宮殿、[世界遺産]リガ歴史地区観光
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
ルンダーレ宮殿 (Rundāles pils)観光(約1時間30分)
首都リガの南、バウスカ(Bauska)にある。バルトのヴェルサイユと呼ばれる。
15世紀半ばにリヴォニア騎士団がこの町の丘の上に強大な城を建設。
貧しい貴族の出身だったビロン公は、ロシアの女帝アンナに愛され
クールランド大公に上り詰めた。ビロン公の夏のロック様式宮殿。
黄金の広間、バラの間、白の広間、公夫人のトイレ、装飾品いろいろ展示してある。
ルンダーレ宮殿入口左の木の上にある
ルンダーレ宮殿 10:57
昼食 12:08
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
ダウガバ川に架かるケーブル橋と鉄道橋 (A10道路) 14:35
ラトビアで最初の一番高い建物は、スターリン様式の高層建築物(108m)であった。
「スターリンのバースデーケーキ」とか「ザ・クレムリン」とも呼ばれている。
現在Swedbank Latvia本社(121m)が建設されている。
[世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
世界遺産登録基準:リガには中世後期〜19世に至るさまざまな建築様式が見られ、
特にアールヌーボー様式の建築物が多く集まる美しい都市であり、
交易都市であったリガは建築や彫刻、庭園デザインなど、
周囲の国々に多大な影響を及ぼしていたこと。
「バルト海の真珠」と呼ばれるほどに美しい。
ハンザ同盟の中心都市として13〜15世紀に栄えたが、
当時の建物は破壊され、ほとんど残っていない。残っていても再建されたもの。
現在は19世紀の産業革命で発展したユーゲントシュティール様式(アールヌーボー様式)の石造りの建築物が50棟も残っている。
市内には建築関連の教育機関もあったことから、タリンやヴィリニュスなど、
リガの建築法は周辺の国々の都市建築にも影響を与えている。
リガに唯一現存する中世の塔
◎スウェーデン門 1689年建立 15:11
リガ歴史地区・旧市街の北側にある。城壁と塁壁の間にあった建物の一部を改築した。
スウェーデン統治時代に街で最後に造られた門で、リガ歴史地区内に現存する唯一の城門。
悲しい伝説
その昔、リガの娘たちは外国人と会うことを固く禁じられていた。
しかし、ひとりの娘がスウェーデン兵と恋に落ち、この門で会うようになった。
許されぬ恋をした娘は罰として、壁に埋め込まれた。
15世紀に起源を持つ住宅建築。
似たような家が3つ並ぶことから3人兄弟と呼ばれている。
階段型屋根、ゴシック様式やルネサンス様式などさまざまな建築様式を持つのが特徴。
現在は建築博物館となっている。
リガ大聖堂
聖ペテロ教会のエレベーター付き展望台(塔の上)から
リガ市街 17:38
架線から電気をもらうポールがバスの屋根に収まっているが走行している。
ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga 19:30
5日目:6月29日(土)晴れ、ラトビア18℃~34℃、11,837歩
Zunda Towers(2017年完成、123m、117m) 8:08
後方の建物PRESES NAMA(再建中)SAMSUNG宣伝Galaxy S24 Ultra
大自然の中にある2つの古城めぐり(約2時間)
13世紀に建設された城、その後焼失し、第二次世界大戦後に観光用に復元された。
内部は展望台や博物館になっている。
かつては塔中段が入口で梯子で登っていた。敵が来たら梯子を外した。
現在、下部に出入り口を付けて塔の上まで螺旋階段を上って行く。
Baznica教会 11:05
「七日間の指輪」
指輪には7つの飾りが付いていて、結婚の決まった女性が7日前から1個ずつ外していって、結婚日当日に全ての飾りがなくなり結婚指輪となり、
永遠の祝福が与えられるという言い伝えがある。
7つの飾りが付いた「七日間の指輪」が土産物として販売されている。
ガウヤ国立公園・ガウヤ渓谷 11:21
ラトビアで最大かつ最古の国立公園、生物の多様性、ユニークな地形、
四季折々の美しい景色、文化そして歴史的建造物が特徴、1973年に創設
スィグルダ城へ 11:27
13世紀に建設された城、年月を経て破壊され復元されずに廃墟のまま保存されている。
スィグルダ城址 11:43
クリムルダからガウヤ渓谷の対岸のスィグルダまでロープウェイ乗車
スィグルダロープウェイ 13:27
自重でロープウエイの中間まで下りてくる。中間からロープウエイで戻される。
エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
ST PATRICK'sにて夕食 18:18
3つのビルで構成、SwedbanAS(28階)、Carter Office Building(9階)、
Bob W Kesklinn Apartment Hotel(15階)2024年秋に完成
右:Radisson Blu Hotel Olumpia
Lembitu Park付近
部屋で一杯 21:56
外で花火が上がった 23:02
6日目:6月30日(日)晴れ、エストニア・タリン14℃~21℃、14,348歩
Swedbank、Radisson Blu Hotel Olumpia 8:08
STOCKMANNデパート、SWISSホテル、NOVIRA PLAZA、SEB 8:13
NURRI Cat Cafe 8:16
消防署のポスター 8:25
他のドラウナー(水辺をうろついている化け物)は、全員酔っている。
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
バルト海に面し13世紀にドイツ騎士団によって城が造られた。
13〜16世紀にハンザ同盟都市として栄えた貿易都市。
旧市街には火事や戦乱などを重ねながらもドイツ人商館や教会、市庁舎など、
さまざまな建築物が築かれ、これらは現在も残っている。
現在のタリンは、「バルト海のシリコンバレー」と呼ばれるほどIT産業が盛んな町で、
ここでSkypeが開発された。
世界遺産登録基準
13〜16世紀のハンザ同盟都市には、ドイツ騎士団や修道会など、
さまざまな文化が交流したことから独自のキリスト教文化が形成され、
北欧各地に広まっていった。
町には要塞と城塞で囲まれた建築物の風景が調和されている。
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂 9:38
聖母マリア教会 9:57
◎聖母マリア教会(トームキリク) 9:58
大聖堂は、1219年にデンマーク人がトームペアを占領してすぐ建設した教会で、
エストニア本土で最古の教会。聖母マリア大聖堂とも呼ばれている。
創建当初は、木造の教会であったが、その後石造の大聖堂が建立された。
さまざまな建築様式が混在する教会となった。
1561年にルーテル教会になった。
1684年には、トームペアを襲った大火災によって大部分を消失し、
約100年の年月をかけて再建された。
大聖堂の特徴は、教会でありながらも「墓所」としての役割もある。
教会の壁には無数の墓碑銘や紋章、墓標や石棺があり、
教会の床には墓石(最古のものは13世紀から)が横たわっている。
動物が描かれた肉屋のギルドや靴屋のギルドの墓石などがある。
聖母マリア教会 10:00
コフトウィツァ展望台 10:04
St.Olaf’s Church(バプテスト教会)
Kök博物館と要塞塔 10:25
顔のない修道士 10:27
●聖ニコラス教会 10:35
13世紀当時にタリンに城壁がまだなかったため、
市民にとって聖ニコラス教会は要塞や避難場の機能も持っていた。
教会の正門が強化され、人を隠す穴なども設置されていた。
14世紀に増築が行われ、15世紀の改築が現在の姿になった。
聖ニコラス教会 10:36
聖ニコラス教会は、二グリステ博物館(Niguliste Museum)として
芸術品や絵画の展示やコンサートホールとして営業している。
聖ニコラス教会の中に残されてきたアート絵画の精緻さと数量から、
中世タリンの商売や貿易が繁盛し、聖ニコラス教会に富が集まったことが伺える。
二次世界大戦時に聖ニコラス教会は爆撃され、建築及び内容物のほとんどは焼失した。
再建が1953年に始まり、30年余りの時間をかけ1984年に完了した。
エストニアの作家
ラエコヤ広場 11:14
◎タリン旧市庁舎(Tallin Town Hall)、ラエコヤ広場 11:16
ハンザ同盟の都市であった1404年に完成し、市庁舎の兵士たちは町を監視していた。
元のゴシック様式のピラミッド型尖塔は、1627年ルネサンス後期の尖塔に置き換えられた。
尖塔の上部までの旧市庁舎の高さは64mである。
1970年まで市庁舎で使用、1975年以降、市庁舎は市政府のレセプション、
コンサートホールや博物館として機能している。
市庁舎広場(Tallinn Town Hall Square)は、中世以来、
マーケットが開催される場所であり、この古いハンザ同盟の町の中心であった。
現在、夏にはテラスカフェがたくさんあり、旧市街の日やその他の中世の祭りが開催され、野外コンサートやマーケットの会場にもなる。
冬にはクリスマスマーケットになり、そびえ立つ15m級のトウヒの木は注目される。
クリスマスマーケットは、世界で初めてクリスマスツリーを建てたと考えられている
1441年にまでさかのぼる。
Old thomas(オールド・トーマス) 11:16
タリン旧市庁舎(Tallin Town Hall)の塔の上にあるOld thomasを望む。
400年以上、雨の日も雪の日も、市庁舎の塔の上から旧市街を見守っている。
1530年設置、初代オールド・トーマスは、市庁舎の古代の地下室に、
2代目のオールド・トーマスは、タリン市立博物館に展示されている。
Old thomas(オールド・トーマス)
タリンで最も有名で伝説的なキャラクターの1人
トーマスは若き農民であったが、
少年の頃に貴族が開催した毎年恒例のアーチェリーコンテストで、
優勝したことで有名になった。
長年撃ち落とした者はおらず、その腕前と能力が認められ、
当時身分の低かった農民から、市長より市の警備員という名誉を与えられた。
次の数年も、リヴォニア戦争中に数々の英雄的な行為を行い、
タリンに仕えた若い英雄トーマスは、次第に町民にも認められるようになり、
市庁舎の風見鶏に彼の名前を付けることによって、トーマスを称えることに決めた。
それ以来、オールド・トーマスは街のシンボルとなっている。
ニッケルハルパ演奏 11:21
スウェーデンのウップランド地方で伝承されている民族楽器
ヴァイオリンのように弓で弦を弾き、ピアノのような鍵盤(キー)で音高を変える。
スカエボラ クサトベラ科スカエボラ属 11:28
聖カタリーナ通り
ニット製品の露店が並ぶ「セーターの壁」があるムーリヴァヘ通り(Muurivahe通り)と
ヴェネ通り(Vene)をつないでいる小路。
中世を感じられる旧市街で最も美しい通りだと言われている。
工芸品の作業場があり、職人のガラス吹きや陶器の製造現場を見ることができる。
両側にはギャラリーやショップやカフェ、レストランなどがある。
土産店 PUDRUNUI(木製マッシャー) 11:55
The Cornflower was the Natinal Flower of ESTNIA in 1978.
EESTI ESTNIANSHOP.COM Viru3,Tallinn
Cornflower :矢車菊(エストニアの国花)
タリン空港発16:35〜(Finnair‐AY1022、ATR72、所要時30分)
~17:05ヘルシンキ・ヴァンター国際空港
7日目:7月1日(月)晴れ曇り、ヘルシンキ13℃~21℃、16,560歩
ブレークソコスホテル フラミンゴ
Break Sokos Hotel Flamingoロビー 8:26
ホテル8:30出発、ヘルシンキ観光後帰国
ヘルシンキ観光(約2時間)
ヘルシンキの人口61万人(周辺部含む大ヘルシンキの人口140万人)
1550年グスタフ1世により交易の街として創建された。
1807年ロシアのアレクサンドル1世はスウェーデンからフィンランドを割譲された。
1819年フィンランド公国成立しヘルシンキに首都を移した。
◎ヘルシンキ大聖堂、◎マーケット広場、◎シベリウス公園、◎ヘルシンキ中央駅
(●印:入場観光、◎印:下車観光)
観光後、自由行動(約3時間)マーケット広場にて昼食
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港17:35~
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂(フィンランド福音ルター派教会) 9:02
修復工事中
ロシア皇帝アレクサンドル2世像
市民の憩いの場、クリスマスにはクリスマスマーケットが並ぶ。
オレンジのテントがズラリと並び、観光客で溢れかえっている。
観光船が行き交う港沿いの屋外マーケットで食べ物屋台やカフェなどのグルメだけでなく、野菜や果物の屋台、民芸品のお土産屋台が並んでいる。
フィンランド最大規模のフィンランド正教会の大聖堂
ヘルシンキ中心部の東側、南港に面して突き出るカタヤノッカ半島の高台に建つ。
レンガの外壁と金色に輝くタマネギ形ドーム、中央にそびえるドーム屋根の高さ33mあり、
高台から街の中心部を見渡せる。マーケット広場からも見える。
ムーミンの作者トーベ・ヤンソンは幼少のころ、この近くに暮らしていたため、
ウスペンスキー寺院を囲む公園はトーベ・ヤンソン公園と名付けられている。
トーベの生家も近くにある。
寺院の建築は、ロシア帝国の建築家アレクセイ・ゴルノスターエフAlexei M. Gornostaevが設計して、1868年10月25日にウスペンスキー大聖堂として発足した。
ロシア皇帝アレクサンドル2世の依頼で聖母マリアの永遠の安眠を捧げるために造られた。
ウスペンスキーとはロシア語で安眠・死去を意味し、「聖母昇天」を意味する。
寺院内部は、正面を飾る金色に縁どられたイコノスタシス、ビザンチン様式の装飾と古典的な素材を組み合わせた内装が荘厳で独特な雰囲気を漂わせている。
ドーム型の天井には美しい星が描かれている。
そして、ロシア正教では立ったまま典礼するため、礼拝のための席はない。
また、寺院の地下には第二次世界大戦の際にソ連の空襲から逃れるために掘られた
防空壕が残っている。
ヘルシンキ中央図書館 10:10
ヘルシンキ中央駅は1860年に開業。フィンランド産の花崗岩で造られ高さ48.5mの時計塔。
正面出入り口の両脇に2体ずつ、計4体のランプを持った像が鎮座している。
像はテレビCMに使われるなど有名で、この像を題材としたラップ曲もリリースされている。
1904年新駅舎のデザイン・コンペが行われエリエル・サーリネンの新駅舎案が採用された。
ナショナル・ロマンティズム建築と呼ばれるフィンランドの民族主義を前面に押し出した
デザインとなっていたが、他の若い建築家達からその中世的な外観に批判が殺到した。
サーリネンは計画変更を行い、鉄筋コンクリートを使用し、1919年に新駅舎が完成。
サーリネンの当初設計案にあったガラス屋根が2000年、プラットフォームの上に完成した。
英語名「ロック・チャーチ(岩の教会)」、ヘルシンキ観光の人気のスポット。
昔からあった大きな岩を自然な形でくり抜いて建設された教会。
上部側面にガラスがはめ込まれていて、教会内はやわらかく自然な光が差し込む。
音響効果も優れているのえピアノや演奏会にも利用されている。
また、特に夏の週末は結婚式や洗礼式などを行っている。
彫刻家エイラ・ヒルツネンが1967年に制作設置。
当初の公園の名称はホップ公園(Humallahden puisto)であったが、
1945年に作曲家のジャン・シベリウスの生誕80周年を記念して現在の名前に改められた。
古代魚「サカバンバスピス」
オルドピス紀(約4億5千万年前)に生息していた古代魚
ヘルシンキ自然博物館に展示されている。
観光後、自由行動(約3時間)
バゲット6€、エビ・サーモンライ麦パン8€、春巻き6€~7€、
フィンランド語でムイック(Muikku)と呼ばれるモトコクチマス(Vendace)
ヘルシンキ港 13:13
STOCKMANN 13:37
帰国
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港発17:00出発(17:35予定)~
8日目:7月2日(火)曇り、東京24℃~32℃、2,875歩
(12:55予定)12:40成田国際空港・・12:57成田空港第2ターミナル13:55・・(京成高速バス1,300円)・・15:10八重洲南口バスターミナル・・
東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・・(K車・ハイエース)・・17:40自宅
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~12:55成田国際空港
北から南方面の写真
12:40成田国際空港・12:57成田空港第2ターミナル13:55・(京成バス1,300円)・15:10八重洲南口バスターミナル・東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延24分)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・(K車・ハイエース)・17:40自宅
土産
エストニア・タリンにて 26月30日(日)
ムーミンコースター 7月1日(月)ヘルシンキにて
©MOOMIN CHARACTERS Veico Made in Finland @€8:00*5
楕円形木製フインガーフード串 12cm12本/1袋 @€15:00*3
UAB "SANGAIDA” Vilnus(リトアニア)、チェコ製
スモークドオイル漬けスプラット缶詰(170g) @1.99€*2
バルト海で生息するニシン目ニシン科の魚の一種
GRAAL SA., RUKYTI SPROTAI (シュプロタイ)aliejuje ポーランド製
Veski Mati Tatar(タタール)皮むき蕎麦(500g) @€0.99*2
FAZER 100% XYLITOL MINT Pastiller ミント・トローチ (35g) @€2.90*2
Kalev EESTI チョコレート @€3.50*2
Kalev INDIA PAHLIGA PRALINEEKOMMID €15.00/500gBox
MOONIN BISCUITS スウェーデン製 €6.00
MOONIN Slavequick カットバン 20枚入り €5.00
リンク先
(未完) 2024年6月25日(火)~7月2日(火) 8日間
◎金婚式を記念してJTB旅物語で、初めて訪ねる「バルト三国とヘルシンキ」に行った。
リトアニア(ヴィリニュス)、ラトビア(リガ)、エストニア(タリン)、
フィンランド(ヘルシンキ)
フィンエアー航空会社(Finnair Company)直行便利用(片道約13時間)
◎参加者は、定年退職した夫婦 4組と知人同士1組と個人参加2名の12人であった。
参加者のほとんどは旅慣れた人たちであった。
JTB旅物語添乗員・坪田宣子さんは、経験豊富な30~40代の女性であった。
バルト三国とヘルシンキ8日間参加者12名 2024年6月26日(水)11:27
リトアニア・ヴィリニュス展望台にて
Haru夫妻、Kitaさん、Kuwaさん、Kaiさん、Sai夫妻、Saku夫妻、Kuri夫妻、Sugiさん
◎2023年5月の「クロアチア・スロベニアの旅」は、すべての日が雨であったが、
今回のバルト三国とヘルシンキの旅は、すべて快晴で乾燥した天候に恵まれた。
故障した観光バス 6月27日(木)16:24
◎リトアニア・カウナスからシャウレイの十字架の丘に行く途中45km手前で
観光バスのエンジンが止まった。
何もない路上で約1時間、代替えの観光バスを待った。
燃料ポンプの故障と推測されるが、白い観光バスの背面が黒く汚れた。
車両火災にならなくて良かった!乗った時からバスが加速しないなどの調子悪かった。
◎JTB旅物語 コース番号E1871-0,-P,-C パンフレット
◎申し込み受け付け日:2024年4月24日、出発日:2024年6月18日(催行中止)
出発日変更:2024年6月25日
◎旅行費用:960,840円(2名)
旅行費用内訳(コース番号E1871-0)480,420円*2名
旅行代金:399,800円*2名、燃油サーチャージ:75,660円*2名、
成田空港施設使用料:3,010円*2名、海外空港税:6,350円*2名
国際観光旅客税:1,000円*2名、航空会社システム使用料:4,600円*2名
早期申込特別割引:-10,000円*2名
◎海外旅行保険:17,510円(2名)ジェイアイ傷害火災保険(t@bihoたびほ)
◎JTB旅物語のこのコースは、インターネット申込、クレジットカード決済のみで、
現金振込等は電話での申し込みであった。
クレジットカード決済時に支払限度額(80万円)を超える支払いになり、
JTB旅物語「電話での相談・予約」窓内に電話して郵貯からの振込をした。
旅行日程
1日目:6月25日(火)晴れ、東京27℃~35℃、6,892歩
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)・・
成田国際空港23:05~(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)~
2日目:6月26日(水)晴れ、リトアニア・ヴィリニュス13℃~27℃、13,128歩
~05:55 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(フィンランド)07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
[世界遺産]ヴィリニュス歴史地区観光(約2時間)
◎聖ペテロ&パウロ教会、◎聖アンナ教会、◎杉原千畝記念碑
リトアニア・トラカイへ(約30km/約30分)
15:15 ●トラカイ城観光(約1時間30分) (●印:入場観光、◎印:下車観光)
ビリニュスへ(約30km/約30分)
17:30ホテル着 Park Plaza Hotel Vilnius
3日目:6月27日(木)晴れ、リトアニア・カウナス15℃~30℃、11,152歩
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
10:15 [世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
●杉原記念館(旧日本領事館)、◎市庁舎、◎大聖堂、◎カウナス駅
リトアニア・シャウレイへ(約177km/約2時間15分)
16:00途中でエンジン故障バス交換約1時間待機16:56
(15:45予定)17:30 ◎十字架の丘(約30分) (●印:入場観光、◎印:下車観光)
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
(20:00ホテル着予定)21:30 Bellevue Park Hotel Riga
4日目:6月28日(金)晴れ、ラトビア・リガ20℃~32℃、14,414歩
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
10:30 ●ルンダーレ宮殿観光(約1時間30分)
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
14:00 [世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
●聖ペテロ教会、◎リガ大聖堂、◎スウェーデン門、◎リガ城、
◎三人兄弟の家、◎火薬塔 (●印:入場観光、◎印:下車観光)
19:30ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga
5日目:6月29日(土)晴れ、ラトビア18℃~34℃、11,837歩
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
「ラトビアのスイス」と呼ばれるガウヤ国立公園へ(約72km/約1時間15分)
10:30 大自然の中にある2つの古城めぐりにご案内!(約2時間)
●トゥライダ城 ●スィグルダ城址 (●印:入場観光、◎印:下車観光)
スィグルダからガウヤ渓谷の対岸のクリムルダまでロープウェイ乗車
13:45 エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
20:00ホテル着 Radisson Blu Hotek Olumpia
6日目:6月30日(日)晴れ、エストニア・タリン14℃~21℃、14,348歩
09:30 Radisson Blu Hotek Olumpia発
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂、◎聖カタリーナ通り、◎旧市庁舎、
●聖ニコラス教会、◎大聖堂、世界遺産の美しい街並みを見下ろせる◎展望台
(●印:入場観光、◎印:下車観光)
昼食後、空港へ
エストニア・タリン空港発17:00〜(Finnair‐AY1022、ATR72、所要時30分)
~17:30ヘルシンキ・ヴァンター国際空港
18:00ホテル着 Break Sokos Hotel Flamingo
7日目:7月1日(月)晴れ曇り、ヘルシンキ13℃~21℃、16,560歩
08:30 Break Sokos Hotel Flamingo発
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂、◎マーケット広場、◎シベリウス公園、◎ヘルシンキ中央駅
(●印:入場観光、◎印:下車観光)
観光後、自由行動(約3時間)マーケット広場にて昼食
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港17:35~
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~
8日目:7月2日(火)曇り、東京24℃~32℃、2,875歩
(12:55予定)12:40成田国際空港・・12:57成田空港第2ターミナル13:55・・(京成高速バス1,300円)・・15:10八重洲南口バスターミナル・・
東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・・(K車・ハイエース)・・17:40自宅
歴史的には、エストニアやラトビアは北欧諸国やドイツとつながりが深く、
リトアニアはポーランドとのつながりが深い。
また3カ国ともロシアとも深く関わってきた。
関連用語:リヴォニア帯剣騎士団、デンマーク王、ドイツ騎士団、チュートン騎士団、
テンプル騎士団、聖ヨハネ騎士団、ポーランド王国、プロイセン王国、プロシア公領、
エストニア公国、リトアニア大公国、ハンザ同盟、リューベック、ハンブルグ、ブレーメン
◎フィンランド共和国(Finland) フィンランド - Wikipedia
首都:ヘルシンキ
公用語:フィンランド語93.4%、スウェーデン語5.9%
人口:556万人、出生率8.1‰、特殊出生率1.41
GDP:名目GDP 3005億ドル(48位)、1人当たり名目GDP 54,007ドル(16位)
国家安全保障:常備軍16,500人、最大動員数34,700人、軍事費GDP1.4%、
徴兵制(6~12ヶ月)、NATO加盟(2023.4.4)
民族比率:フィン人91.7%、スウェーデン人5.5%、外国人5.8%
宗教:フィンランドルター派教会78%、無宗教20%、フィンランド正教1.1%
社会:高福祉高負担国税比率43.9%、国民総幸福量(GNH)世界1位
文化:サウナ文化200万カ所(ユネスコ無形文化遺産)、図書館利用率高い
その他:キシリトール発見、オンカロ処分場、NOKIA、Linux
◎エストニア共和国(Estonia) エストニア - Wikipedia
首都:タリン
公用語:エストニア語68.5%、(ロシア語29.6%)
人口:137万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 408億ドル(100位)、1人当たり名目GDP 29,839ドル(40位)
国家安全保障:最大動員数43,700人、軍事費GDP3.25%、徴兵制(8~11ヶ月)、
NATO加盟(2004)
民族比率:エストニア人69.7%、ロシア人25.2%、ウクライナ人1.7%
宗教:無宗教49%、正教会25%、ルーテル教会20%
社会:残留ロシア人問題、エストニア人とロシア語系住民の断絶
文化:パーヴォ・ヤルヴィ(2015年からNHK交響楽団の首席指揮者)
その他:電子政府・電子国家(e-ストニア)、電子居住権(E-Residency)制度、データ大使館・専用サーバー(ルクセンブルグ)、報道の自由度世界8位、IT技術者多い、Skype
◎ラトビア共和国(Latvia) ラトビア - Wikipedia
首都:リガ
公用語:ラトビア語58.2%、(ロシア語37.5%)
人口:189万人、出生率8.5‰、特殊出生率
GDP:名目GDP 437億ドル(97位)、1人当たり名目GDP 23,153ドル(45位)
国家安全保障:常備軍7,500人、予備役36,000人、軍事費GDP2.33%、徴兵制、
NATO加盟(2004)、NATO軍兵士1500人駐留、平和度1.58(27位)
民族比率:ラトビア人62.7%、ロシア人24.4%、ベラルーシ人3.1%
宗教:ルーテル教会35.9%、無宗教24.2%、ロシア正教18.6%、
ローマ・カトリック教会19.6%、ラトビア神道697人
社会:非国籍者・無国籍(ロシア人18万人)問題、ラトビア民族主義者
文化:ギドン・クレーメル(ヴァイオリニスト)、マリス・イヴァルス・ゲオルグス・ヤンソンス(バイエルン放送交響楽団首席指揮者)、アンドリス・ネルソンス(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長)
その他:国籍取得の条件にラトビア語習得が義務付け
◎リトアニア共和国(Lithuania) リトアニア - Wikipedia
首都:ヴィリニュス
公用語:リトアニア語
人口:288万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 779億ドル(39位)、1人当たり名目GDP 27,026ドル(43位)
国家安全保障:常備軍人15,000人、最大動員数10万人、NATO加盟(2004)、
パブラデにアメリカ陸軍の重戦車大隊駐留(2019~)
民族比率:リトアニア人84.6%、ポーランド人6.5%、ロシア人5%、ベラルーシ人1%
宗教:ローマ・カトリック教会79%、無宗教9.5%、正教会4.1%
歴史:紀元前3000年前インド・ヨーロッパ祖語の民族、紀元前3000年前バルト族定住、
1230年ミンダウガス諸部族統一、1253年7月6日リトアニア王戴冠式、1410年ドイツ騎士団に勝利、16世紀ポーランド王国と合同、1655-1660年コサックの反乱「大洪水時代」、
「北方戦争」スウェーデン軍に敗退、1700-1721年「大北方戦争」で荒廃、
1772年ロシア帝国・プロイセン・オーストリア帝国(ハプスブルク帝国)により分割、
1795年までにポーランド・リトアニア共和国解体(ロシア帝国領)、1918年リトアニア共和国として一時独立、1940年ソ連の侵略、1941年ナチス・ドイツの侵略、1945年ソ連の構成共和国、1990年リトアニア共和国、2004年NATO加盟、EU加盟、2015年ユーロ導入、2018年OECD加盟
社会・経済:バイオテクノロジー、レーザー産業、アパート住い59%、一戸建住宅32%、
一律課税政策所得税24%法人税15%消費税21%、鉱物資源全く無い
その他:パランガ琥珀博物館、ミサイル基地跡・冷戦博物館、
ロシアの飛地からの秘密トンネル、カリーニングラード州(ロシアの飛地軍港・旧ドイツ領・東プロイセン・バルチック艦隊出航地)、ロシアからの列車通過禁止問題
◎参考:日本(Japan) 日本 - Wikipedia
首都:東京
公用語:日本語
人口:1億2462万人、出生率6.3‰、特殊出生率1.20
GDP:名目GDP 4兆2129億ドル(4位)、1人当たり名目GDP 33,806ドル(32位)
国家安全保障:陸自約15万人、海自約4万5000人、空自約4万7000人、統合幕僚監部など4000人、合計24万7000人、予備自衛官など約4万8000人、防衛省文官約2万1000人
防衛費GDP1%、平和度1.34(9位)、日米安保条約締結
民族比率:日本人97.5%、中国人0.6%、ベトナム人0.4%、韓国人0.3%、その他1.2%
宗教:無宗教62%、仏教31%、神道3%、キリスト教1% 宗教法人数:180,544
社会:少子高齢化社会、エネルギー資源問題、格差社会、積極的平和指数12位
旅行記録
1日目:6月25日(火)
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)
集合時間:21時05分(出発2時間前)
2万円=110EUR(10EUR*6枚+5EUR*10枚)+720円
成田国際空港・フィンエアー航空会社 22:17
成田国際空港23:05~(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)~
時差:6時間
2日目:6月26日(水)
到着予定時間5:55より約45分早く到着した。
JTB添乗員:坪田宣子さん、参加者:12名
ヴァンター国際空港07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 7:20
ヴァンター国際空港07:45~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:25 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ATR72-600:フランスとイタリアの航空機メーカー製のターボプロップ双発旅客機、
エンジンはプラットアンドホイットニーPW100、全長27.2m、総座席数70席、
巡航速度510km/h、1988年初飛行、現在の開発が続けられている。
ヴィリニュス第3天然ガス火力発電所(容量360MW)の排気塔
リトアニア・ヴィリニュス付近 9:06
ヴィリニュス国際空港(リトアニア) 9:14
リトアニア・ヴィリニュス付近 9:06
ヴィリニュス国際空港(リトアニア) 9:14
ヴィリニュス国際空港工事中
[世界遺産]ヴィリニュス歴史地区観光(約2時間)
ヴィリニュス歴史地区
14〜18世紀までリトアニア大公国の首都、バルト海から黒海まで広がる大国になった。
ヨーロッパでも最大級の旧市街がある都市。
16世紀には東欧でも3番目に古いヴィリニュス大学開校。
17世紀からは戦争で町が破壊されたりペストの影響で人口が激減したりと衰退した。
第2次世界対戦時に徹底的に建築物は破壊され、ほとんどが戦後に復元された。
ゴシック、ルネッサンス、バロックなど、さまざまな時代の建築物が見られる。
世界遺産評価:数世紀にわたって東欧の建築と文化の発展に多大な影響を及ぼした。
市内にはリトアニアから勝手に独立した「ウジュピス共和国」がある。
◎聖ペテロ&パウロ教会(漆喰彫刻)
ロシアからの解放を記念して建造された教会
1668年から始まり外観に7年、内装に30年もの歳月が費やされた。
杉原千畝記念碑 1992年建立
GoogleMap:Paminklas Čijunei Sugiharai
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。
1940年7月から8月29日にかけて、大量のビザ(通過査証)を発給し、
根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。
カウナス領事館閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、
1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。
大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、
1947年4月に日本へ帰国した。
トラカイ城観光(約1時間30分)
古都「トラカイ」:リトアニア大公国の中心的な場所。
街には約200の湖がありリトアニアの避暑地として人気の観光地となっている。
「トラカイ歴史博物館」として一般に公開されている。
また、政治犯を収容するための「豪華すぎる収容所」としても使われた。
旧:Crown Plaza Vilnius Hotel
3日目:6月27日(木)
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
[世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
カウナス(Kaunas):リトアニア第2の都市
明治33年(1900)1月1日 - 昭和61年(1986)7月31日)
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情し、
1940年7月から8月29日にかけて、大量のビザ(通過査証)を発給し、
根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。「東洋のシンドラー」とも呼ばれる。
カウナス領事館閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、
1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。
大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、
1947年4月に日本へ帰国した。
◎カウナス大聖堂聖・ペテロ&パウロ教会
◎カウナス駅
杉原千畝が発つ間際までビザを発行し続けたカウナス駅
リトアニア・シャウレイへ(約177km/約2時間15分)
初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシア帝国に対する11月蜂起の後である。
十字架の数は、約50,000と推測されている。
リトアニアがソ連の統治下にあった1944年から1990年、
十字架の丘はリトアニア人たちの宗教や遺産への忠誠心を示した。
ソ連は3度にわたりブルドーザーでこの丘にある十字架を撤去しようとした。
◎十字架の丘(カトリック教)
1993年9月7日、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘を訪れ、
ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所であると述べた。
2000年、フランシスコ会の修道院がこの丘の近くに完成した。
十字架の丘
参考:KGBジェノサイド博物館(ヴィリニュス)
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
4日目:6月28日(金)
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
ルンダーレ宮殿 (Rundāles pils)
首都リガの南、バウスカ(Bauska)にある。バルトのヴェルサイユと呼ばれる。
15世紀半ばにリヴォニア騎士団がこの町の丘の上に強大な城を建設。
貧しい貴族の出身だったビロン公は、ロシアの女帝アンナに愛され
クールランド大公に上り詰めた。ビロン公の夏のロック様式宮殿。
黄金の広間、バラの間、白の広間、公夫人のトイレ、装飾品いろいろ
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
[世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
世界遺産登録基準:リガには中世後期〜19世に至るさまざまな建築様式が見られ、
特にアールヌーボー様式の建築物が多く集まる美しい都市であり、
交易都市であったリガは建築や彫刻、庭園デザインなど、
周囲の国々に多大な影響を及ぼしていたこと。
「バルト海の真珠」と呼ばれるほどに美しい。
ハンザ同盟の中心都市として13〜15世紀に栄えましたが、
当時の建物は破壊され、ほとんど残っていない。残っていても再建されたもの。
現在は、19世紀の産業革命で発展したユーゲントシュティール様式(アールヌーボー様式)の石造りの建築物が50棟も残っている。
市内には建築関連の教育機関もあったことから、タリンやヴィリニュスなど、
リガの建築法は周辺の国々の都市建築にも影響を与えている。
聖ペテロ教会の尖塔は15世紀に完成し、高さ136mを誇る巨大な塔であった。
しかし塔は何度も破壊と再建を繰り返し、現在の尖塔は第2次世界対戦後に再建された。
現在はエレベーターがあり展望台もある。
◎リガ大聖堂
プロテスタントのルーテル教会の大聖堂。
バルト三国の中でも最大規模の大聖堂。
大聖堂の起源は13世紀で、ロマネスク様式やバロック様式など、
増改築を繰り返すうちにさまざま建築様式を持つ建築物となった。
大聖堂には19世紀に作られた大きなパイプオルガンがある。
リガ歴史地区・旧市街の北側にある。城壁と塁壁の間にあった建物の一部を改築した。
スウェーデン統治時代に街で最後に造られた門で、リガ歴史地区内に現存する唯一の城門。
悲しい伝説
その昔、リガの娘たちは外国人と会うことを固く禁じられていた。
しかし、ひとりの娘がスウェーデン兵と恋に落ち、この門で会うようになった。
許されぬ恋をした娘は罰として、壁に埋め込まれた。
14世紀にリヴォニア騎士団(ドイツ騎士団の分団)によって建設された城、16世紀に再建。
1922年からは大統領官邸として利用されている。
2013年に火災が発生し、2016年に修復工事終了。
15世紀に起源を持つ住宅建築。
似たような家が3つ並ぶことから3人兄弟と呼ばれている。
階段型屋根、ゴシック様式やルネサンス様式などさまざまな建築様式を持つのが特徴。
現在は建築博物館となっている。
リガに唯一現存する中世の塔
ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga 19:30
5日目:6月29日(土)
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
「ラトビアのスイス」と呼ばれるガウヤ国立公園へ(約72km/約1時間15分)
大自然の中にある2つの古城めぐりにご案内!(約2時間)
ガウヤ国立公園・ガウヤ渓谷 10:30
ラトビアで最大かつ最古の国立公園、生物の多様性、ユニークな地形、
四季折々の美しい景色、文化そして歴史的建造物が特徴、1973年に創設
13世紀に建設された城、その後焼失し、第二次世界大戦後に観光用に復元された。
内部は展望台や博物館になっている。
7つの飾りが付いた「七日間の指輪」が土産物として販売されている。
●スィグルダ城址
13世紀に建設された城、年月を経て破壊され復元されずに廃墟のまま保存されている。
13:45 エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
6日目:6月30日(日)
Radisson Blu Hotel Olumpia(Tallin) - Wellness Area
09:30 Radisson Blu Hotek Olumpia発
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
世界遺産登録基準:13〜16世紀のハンザ同盟都市には、ドイツ騎士団や修道会など、
さまざまな文化が交流したことから独自のキリスト教文化が形成され、
北欧各地に広まっていった。町には要塞と城塞で囲まれた建築物の風景が調和されている。
バルト海に面し13世紀にドイツ騎士団によって城が造られた。
13〜16世紀にハンザ同盟都市として栄えた貿易都市。
旧市街には火事や戦乱などを重ねながらもドイツ人商館や教会、市庁舎など、
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂
たまねぎ型のドームを持つ聖堂、ロシア正教教会
1901年当時の支配者帝政ロシアによって建てられた。
この聖堂は、エストニアの英雄の墓の上に建てられたもので、
ロシアの権力を示すとともに、エストニア人の民族運動を抑える目的があった。
聖堂内には、イコンやモザイク画の他、日露戦争で戦死したエストニア人の慰霊碑があり、
日露戦争で沈没したロシア艦隊を記念したプレートも掛けられている。
現在では、エストニアに住むロシア正教の信者にとって重要な教会となっている。
◎聖カタリーナ通り
ニット製品の露店が並ぶ「セーターの壁」があるムーリヴァヘ通り(Muurivahe通り)と
ヴェネ通り(Vene)をつないでいる小路。
中世を感じられる旧市街で最も美しい通りだと言われている。
工芸品の作業場があり、職人のガラス吹きや陶器の製造現場を見ることができる。
両側にはギャラリーやショップやカフェ、レストランなどがある。
◎タリン旧市庁舎(Tallin Town Hall)、ラエコヤ広場
ハンザ同盟の都市であった1404年に完成し、市庁舎の兵士たちは町を監視していた。
元のゴシック様式のピラミッド型尖塔は、1627年ルネサンス後期の尖塔に置き換えられた。
尖塔の上部までの旧市庁舎の高さは64mである。
1970年まで市庁舎で使用、1975年以降、市庁舎は市政府のレセプション、
コンサートホールや博物館として機能している。
市庁舎広場(Tallinn Town Hall Square)は、中世以来、
マーケットが開催される場所であり、この古いハンザ同盟の町の中心であった。
現在、夏にはテラスカフェがたくさんあり、旧市街の日やその他の中世の祭りが開催され、野外コンサートやマーケットの会場にもなる。
冬にはクリスマスマーケットになり、そびえ立つ15m級のトウヒの木は注目される。
クリスマスマーケットは、世界で初めてクリスマスツリーを建てたと考えられている
1441年にまでさかのぼる。
400年以上、雨の日も雪の日も、市庁舎の塔の上から旧市街を見守っている。
1530年設置、初代オールド・トーマスは、市庁舎の古代の地下室に、
2代目のオールド・トーマスは、タリン市立博物館に展示されている。
Old thomas(オールド・トーマス)
タリンで最も有名で伝説的なキャラクターの1人
トーマスは若き農民であったが、
少年の頃に貴族が開催した毎年恒例のアーチェリーコンテストで、
優勝したことで有名になった。
長年撃ち落とした者はおらず、その腕前と能力が認められ、
当時身分の低かった農民から、市長より市の警備員という名誉を与えられた。
次の数年も、リヴォニア戦争中に数々の英雄的な行為を行い、
タリンに仕えた若い英雄トーマスは、次第に町民にも認められるようになり、
市庁舎の風見鶏に彼の名前を付けることによって、トーマスを称えることに決めた。
それ以来、オールド・トーマスは街のシンボルとなっている。
13世紀当時にタリンに城壁がまだなかったため、
市民にとって聖ニコラス教会は要塞や避難場の機能も持っていた。
教会の正門が強化されてあり、人を隠す穴なども設置されていた。
14世紀に増築が行われ、15世紀の改築が現在の姿になった。
聖ニコラス教会の中に残されてきたアート絵画の精緻さと数量を見ると、
中世タリンの商売や貿易が繁盛し、聖ニコラス教会にいかに富が集まったことが伺える。
二次世界大戦時に聖ニコラス教会は爆撃され、建築及び内容物のほとんどは焼失し、
壊れてしまった。しかし聖ニコラス教会の再建が1953年に始まり、
30年余りの時間をかけ、1984年に再建が完了した。
現在、聖ニコラス教会は、二グリステ博物館(Niguliste Museum)として芸術品や絵画の展示やコンサートホールとして営業している。
大聖堂は、1219年にデンマーク人がトームペアを占領してすぐ建設した教会で、
エストニア本土で最古の教会。聖母マリア大聖堂とも呼ばれている。
創建当初は、木造の教会であったが、その後石造の大聖堂が建立された。
さまざまな建築様式が混在する教会となった。
1684年には、トームペアを襲った大火災によって大部分を消失し、
約100年の年月をかけて再建された。
大聖堂の特徴は、教会でありながらも「墓所」としての役割もある。
教会の壁には無数の墓碑銘や紋章、墓標や石棺があり、
教会の床には墓石(最古のものは13世紀から)が横たわっている。
動物が描かれた肉屋のギルドや靴屋のギルドの墓石などがある。
タリンの旧市街は、中央部の「ラエコヤ広場周辺」と南西側の「トームペア」との間に
高低差があり、タリンの街並みや塔、バルト海を一望できる。
現在のタリンは、「バルト海のシリコンバレー」と呼ばれるほどIT産業が盛んな町で、
ここでSkypeが開発された。
昼食(ビーフシチュー)後、空港へ
The Cornflower was the Natinal Flower of ESTNIA in 1978.
EESTI ESTNIANSHOP.COM Viru3,Tallinn
Cornflower :矢車菊(エストニアの国花)
7日目:7月1日(月)
Break Sokos Hotel Flamingo
09:00 Break Sokos Hotel Flamingo発
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂、ロシア皇帝アレクサンドル2世像
青銅のドーム屋根(海抜80m)と真っ白な外壁のヘルシンキ大聖堂。
フィンランドの国教・フィンランド福音ルター派のヘルシンキ地区の主教会。
1852年の完成当時は「聖ニコラス教会」と名付けられ、
1917年にロシアからの独立後に改名。
さらに1959年、ヘルシンキ主教区の設立によってヘルシンキ大聖堂となった。
階段上からの眺めは絶好の撮影ポイント
オレンジのテントがズラリと並び、観光客で溢れかえっている。
観光船が行き交う港沿いの屋外マーケットで食べ物屋台やカフェなどのグルメだけでなく、野菜や果物の屋台、民芸品のお土産屋台が並んでいる。
彫刻家エイラ・ヒルツネンが1967年に制作設置。
当初の公園の名称はホップ公園(Humallahden puisto)であったが、
1945年に作曲家のジャン・シベリウスの生誕80周年を記念して現在の名前に改められた。
シベリウス公園は現在工事中のため、観光に影響が出る場合がある。
◎ウスペンスキー寺院
フィンランド最大規模の正教会寺院
ヘルシンキ中心部の東側、南港に面して突き出るカタヤノッカ半島の高台に建つ
レンガの外壁と金色に輝くタマネギ形ドームは絵本に登場する不思議なお城のようで、
毎年約50万人が訪れる人気の観光スポットになっている。
ムーミンの作者トーベ・ヤンソンは幼少のころ、この近くに暮らしていたため、
ウスペンスキー寺院を囲む公園はトーベ・ヤンソン公園と名付けられている。
トーベの生家も近くにある。
中央にそびえるドーム屋根の高さは33mあり、高台から街の中心部を見渡すように立っているため、マーケット広場からもはっきり見ることがでる。
そして、この一番に目立つタマネギ形ドームは、ロシア正教会や東方正教会の特徴である。
寺院の建築は、ロシア帝国の建築家アレクセイ・ゴルノスターエフAlexei M. Gornostaevが設計して、1868年10月25日にウスペンスキー大聖堂として発足した。
建設当時のフィンランドはロシア帝国の自治大公国だったので、
ロシア皇帝アレクサンドル2世の依頼により、
聖母マリアの永遠の安眠を捧げるために造られた。
ウスペンスキーとはロシア語で安眠を意味する。
寺院内部は、正面を飾る金色に縁どられたイコノスタシス、ビザンチン様式の装飾と古典的な素材を組み合わせた内装が荘厳で独特な雰囲気を漂わせている。
ドーム型の天井には美しい星が描かれている。
そして、ロシア正教では立ったまま典礼するため、礼拝のための席はない。
また、寺院の地下には第二次世界大戦の際にソ連の空襲から逃れるために掘られた
防空壕が残っている。
ヘルシンキ観光の人気のスポット。
昔からあった大きな岩を自然な形で建設された教会。
教会内はやわらかく自然な光が差し込み、魅力的である。
時々ピアノやちょっとした演奏会も行っているが音響も素晴らしい。
また、特に夏の週末は結婚式や洗礼式などを行っている場合も多い。
◎ヘルシンキ中央駅
フィンランド産の花崗岩で造られ高さ48.5mの時計塔
正面出入り口の両脇に2体ずつ、計4体のランプを持った像が鎮座している。
像はVRのテレビCMに使われるなど非常に有名で、
この像を題材としたラップ曲もリリースされている。
ヘルシンキ中央駅は1860年に開業。
1904年新駅舎のデザイン・コンペが行われエリエル・サーリネンの新駅舎案が採用された。
サーリネンの駅舎案はナショナル・ロマンティズム建築と呼ばれる
フィンランドの民族主義を前面に押し出したデザインとなっていたが、
他の若い建築家達からその中世的な外観に批判が殺到した。
サーリネンはそれを聞き入れた上で徹底的な計画変更を行い、鉄筋コンクリートを使用した現在の駅舎案を1909年に完成させ、これを元に建設が行われ1919年に新駅舎が完成。
2000年、サーリネンの当初設計案にあったガラス屋根がプラットフォームの上に完成した。
観光後、自由行動(約3時間)
帰国
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港発17:00出発(17:35予定)~
8日目:7月2日(火)
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~12:55成田国際空港
北から南方面の写真
12:40成田国際空港・12:57成田空港第2ターミナル13:55・(京成バス1,300円)・15:10八重洲南口バスターミナル・東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延24分)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・(K車・ハイエース)・17:40自宅
土産
エストニア・タリンにて 26月30日(日)
ムーミンコースター 7月1日(月)ヘルシンキにて
©MOOMIN CHARACTERS Veico Made in Finland @€8:00*5
楕円形木製フインガーフード串 12cm12本/1袋 @€15:00*3
UAB "SANGAIDA” Vilnus(リトアニア)、チェコ製
スモークドオイル漬けスプラット缶詰(170g) @1.99€*2
バルト海で生息するニシン目ニシン科の魚の一種GRAAL SA., RUKYTI SPROTAI (シュプロタイ)aliejuje ポーランド製
Veski Mati Tatar(タタール)皮むき蕎麦(500g) @€0.99*2
FAZER 100% XYLITOL MINT Pastiller ミント・トローチ (35g) @€2.90*2Kalev EESTI チョコレート @€3.50*2
Kalev INDIA PAHLIGA PRALINEEKOMMID €15.00/500gBox
MOONIN BISCUITS スウェーデン製 €6.00
MOONIN Slavequick カットバン 20枚入り €5.00
(未完) 2024年6月25日(火)~7月2日(火) 8日間
金婚式を記念してJTB旅物語で、初めて訪ねる「バルト三国とヘルシンキ」に行った。
リトアニア(ヴィリニュス)、ラトビア(リガ)、エストニア(タリン)、
フィンランド(ヘルシンキ)
フィンエアー航空会社(Finnair Company)直行便利用(片道約13時間)
申し込み受け付け日:2024年4月24日、出発日:2024年6月18日(催行中止)
変更出発日:2024年6月25日、旅行費用:960,840円(2名)
旅行費用内訳(コース番号E1871-0)480,420円*2名
旅行代金:399,800円*2名
燃油サーチャージ:75,660円*2名
成田空港施設使用料:3,010円*2名
海外空港税:6,350円*2名
国際観光旅客税:1,000円*2名
航空会社システム使用料:4,600円*2名
早期申込特別割引:-10,000円*2名
海外旅行保険:17,510円(2名)ジェイアイ傷害火災保険(t@bihoたびほ)
JTB旅物語のこのコースは、インターネット申込、クレジットカード決済のみで、
現金振込等は電話での申し込みであった。
クレジットカード決済時に支払限度額(80万円)を超える支払いになり、
郵貯からの振込をJTB旅物語「電話での相談・予約」に電話して行った。
旅行日程
1日目:6月25日(火)
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)・・成田国際空港23:05~
(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)~
2日目:6月26日(水)
~05:55 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(フィンランド)07:40~
(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
[世界遺産]ビリニュス歴史地区観光(約2時間)
◎聖ペテロ&パウロ教会、◎聖アンナ教会、◎杉原千畝記念碑
リトアニア・トラカイへ(約30km/約30分)
15:15 ●トラカイ城観光(約1時間30分)
ビリニュスへ(約30km/約30分)
17:30ホテル着 Park Plaza Hotel Vilnius
●印:入場観光、◎印:下車観光
3日目:6月27日(木)
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
10:15 [世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
●杉原記念館(旧日本領事館)、◎市庁舎、◎大聖堂、◎カウナス駅
リトアニア・シャウレイへ(約177km/約2時間15分)
16:00途中でエンジン故障バス交換約1時間待機16:56
(15:45予定)17:30 ◎十字架の丘(約30分)
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
(20:00ホテル着予定)21:30 Bellevue Park Hotel Riga
4日目:6月28日(金)
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
10:30 ●ルンダーレ宮殿観光(約1時間30分)
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
14:00 [世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
●聖ペテロ教会、◎リガ大聖堂、◎スウェーデン門、◎リガ城、
◎三人兄弟の家、◎火薬塔
19:30ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga
5日目:6月29日(土)
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
「ラトビアのスイス」と呼ばれるガウヤ国立公園へ(約72km/約1時間15分)
10:30 大自然の中にある2つの古城めぐりにご案内!(約2時間)
●トゥライダ城 ●スィグルダ城址
スィグルダからガウヤ渓谷の対岸のクリムルダまでロープウェイ乗車
13:45 エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
20:00ホテル着 Radisson Blu Hotek Olumpia
6日目:6月30日(日)
09:30 Radisson Blu Hotek Olumpia発
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂、◎聖カタリーナ通り、◎旧市庁舎、
●聖ニコラス教会、◎大聖堂、世界遺産の美しい街並みを見下ろせる◎展望台
昼食後、空港へ
エストニア・タリン空港発16:35〜(Finnair‐AY1022、ATR72、所要時30分)
~17:05ヘルシンキ・ヴァンター国際空港
18:00ホテル着 Break Sokos Hotel Flamingo
7日目:7月1日(月)
09:00 Break Sokos Hotel Flamingo発
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂、◎マーケット広場、◎シベリウス公園、◎ヘルシンキ中央駅
観光後、自由行動(約3時間)
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港17:35~
(Finnair‐AY073、Airbus A350-900、所要時間13時間20分)~
8日目:7月2日(火)
(12:55予定)12:40成田国際空港・・12:57成田空港第2ターミナル13:55・・(KISEI高速バス1,300円)・・15:10八重洲南口バスターミナル・・東京駅15:45ー(JR中央線・青梅行・日野駅人身事故遅延)ー立川ー(JR青梅線)ー17:23拝島駅・・(K車・ハイエース)・・17:40自宅
記録
1日目:6月25日(火)
秋川駅17:56ー(JR五日市線、JR青梅線)ー18:18立川18:27ー(JR中央線・中央特快JR945円)ー19:10東京駅・・八重洲南口バスターミナル19:30・・(JR高速バス1,300円)・・20:35成田空港第2ターミナル(集合21:05)
集合時間:21時05分(出発2時間前)
成田国際空港・フィンエアー航空会社 22:17
成田国際空港23:05~(AY074)~
(Finnair‐AY074、Airbus A350-900、所要時間12時間50分)
時差:6時間
2日目:6月26日(水)
~(05:55予定) ヘルシンキ・ヴァンター国際空港着(フィンランド)
Finnair‐AY074 Airbus A350-900機
JTB添乗員:坪田宣子さん、参加者:12名
ヴァンター国際空港07:40~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:20 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 5:22ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 5:25
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 7:01
ヴァンター国際空港07:45~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:25 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ATR72-600:フランスとイタリアの航空機メーカーが製造するターボプロップ双発旅客機、
エンジンはプラットアンドホイットニーPW100、全長27.2m、総座席数70席、
巡航速度510km/h、1988年初飛行、現在の開発が続けられている。
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港 7:01
ヴァンター国際空港07:45~(Finnair‐AY1101、ATR72、所要時間1時間40分)
~09:25 ヴィリニュス国際空港(リトアニア)
ヘルシンキ上空 Finnair‐AY1101 7:50エストニアHargla Kula・ラトビア国境付近の上空 8:10
ラトビア・Siguldas pagasts リガ(Riga)付近 8:37
ラトビア・Aukstaitija National Park, Labannoras Regional Park付近 9:01
リトアニア・ヴィリニュス付近上空 9:06
リトアニア・ヴィリニュス付近 9:06
ヴィリニュス国際空港(リトアニア) 9:14
リトアニア・ヴィリニュス付近 9:06
ヴィリニュス国際空港(リトアニア) 9:14
ヴィリニュス国際空港工事中
[世界遺産]ヴィリニュス歴史地区観光(約2時間)
ヴィリニュス歴史地区
14〜18世紀までリトアニア大公国の首都、バルト海から黒海まで広がる大国になった。
ヨーロッパでも最大級の旧市街がある都市。
16世紀には東欧でも3番目に古いヴィリニュス大学開校。
17世紀からは戦争で町が破壊されたりペストの影響で人口が激減したりと衰退した。
第2次世界対戦時に徹底的に建築物は破壊され、ほとんどが戦後に復元された。
ゴシック、ルネッサンス、バロックなど、さまざまな時代の建築物が見られる。
世界遺産評価:数世紀にわたって東欧の建築と文化の発展に多大な影響を及ぼした。
市内にはリトアニアから勝手に独立した「ウジュピス共和国」がある。
◎聖ペテロ&パウロ教会(漆喰彫刻)
ロシアからの解放を記念して建造された教会
1668年から始まり外観に7年、内装に30年もの歳月が費やされた。
杉原千畝記念碑 1992年建立
GoogleMap:Paminklas Čijunei Sugiharai
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。
1940年7月から8月29日にかけて、大量のビザ(通過査証)を発給し、
根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。「東洋のシンドラー」などとも呼ばれる。
カウナス領事館閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、
1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。
大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、
1947年4月に日本へ帰国した。
トラカイ城観光(約1時間30分)
古都「トラカイ」:リトアニア大公国の中心的な場所。
街には約200の湖がありリトアニアの避暑地として人気の観光地となっている。
「トラカイ歴史博物館」として一般に公開されている。
また、政治犯を収容するための「豪華すぎる収容所」としても使われた。
旧:Crown Plaza Vilnius Hotel
3日目:6月27日(木)
08:45 Park Plaza Hotel発
リトアニア・カウナスへ(約103km/約1時間30分)
[世界遺産]カウナス観光(約1時間30分)
カウナス(Kaunas):リトアニア第2の都市
明治33年(1900)1月1日 - 昭和61年(1986)7月31日)
第二次世界大戦である1939年からリトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、
ナチスの迫害によりポーランドなど欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情し、
1940年7月から8月29日にかけて、大量のビザ(通過査証)を発給し、
根井三郎と共に日本経由で避難民を救った。「東洋のシンドラー」とも呼ばれる。
カウナス領事館閉鎖後は、チェコのプラハへ移動し、
1941年から終戦までルーマニアのブカレスト公使館で勤務した。
大戦終結時の1945年からブカレスト郊外の捕虜収容所に入れられ、
1947年4月に日本へ帰国した。
◎カウナス大聖堂聖・ペテロ&パウロ教会
◎カウナス駅
杉原千畝が発つ間際までビザを発行し続けたカウナス駅
リトアニア・シャウレイへ(約177km/約2時間15分)
初めてここに十字架が建てられたのは1831年のロシア帝国に対する11月蜂起の後である。
十字架の数は、約50,000と推測されている。
リトアニアがソ連の統治下にあった1944年から1990年、
十字架の丘はリトアニア人たちの宗教や遺産への忠誠心を示した。
ソ連は3度にわたりブルドーザーでこの丘にある十字架を撤去しようとした。
◎十字架の丘(カトリック教)
1993年9月7日、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの丘を訪れ、
ここが希望と平和、愛、そして犠牲者のための場所であると述べた。
2000年、フランシスコ会の修道院がこの丘の近くに完成した。
十字架の丘
参考:KGBジェノサイド博物館(ヴィリニュス)
ラトビア・リガへ(約133km/約2時間)
4日目:6月28日(金)
ラトビア・ルンダーレへ(約82km/約1時間15分)
15世紀半ばにリヴォニア騎士団がこの町の丘の上に強大な城を建設。
貧しい貴族の出身だったビロン公は、ロシアの女帝アンナに愛され
クールランド大公に上り詰めた。ビロン公の夏のロック様式宮殿。
黄金の広間、バラの間、白の広間、公夫人のトイレ、装飾品いろいろ
ラトビア・リガへ(約82km/約1時間15分)
[世界遺産]リガ歴史地区観光(約2時間)
世界遺産登録基準:リガには中世後期〜19世に至るさまざまな建築様式が見られ、
特にアールヌーボー様式の建築物が多く集まる美しい都市であり、
交易都市であったリガは建築や彫刻、庭園デザインなど、
周囲の国々に多大な影響を及ぼしていたこと。
「バルト海の真珠」と呼ばれるほどに美しい。
ハンザ同盟の中心都市として13〜15世紀に栄えましたが、
当時の建物は破壊され、ほとんど残っていない。残っていても再建されたもの。
現在は、19世紀の産業革命で発展したユーゲントシュティール様式(アールヌーボー様式)の石造りの建築物が50棟も残っている。
市内には建築関連の教育機関もあったことから、タリンやヴィリニュスなど、
リガの建築法は周辺の国々の都市建築にも影響を与えている。
聖ペテロ教会の尖塔は15世紀に完成し、高さ136mを誇る巨大な塔であった。
しかし塔は何度も破壊と再建を繰り返し、現在の尖塔は第2次世界対戦後に再建された。
現在はエレベーターがあり展望台もある。
◎リガ大聖堂
プロテスタントのルーテル教会の大聖堂。
バルト三国の中でも最大規模の大聖堂。
大聖堂の起源は13世紀で、ロマネスク様式やバロック様式など、
増改築を繰り返すうちにさまざま建築様式を持つ建築物となった。
大聖堂には19世紀に作られた大きなパイプオルガンがある。
リガ歴史地区・旧市街の北側にある。城壁と塁壁の間にあった建物の一部を改築した。
スウェーデン統治時代に街で最後に造られた門で、リガ歴史地区内に現存する唯一の城門。
悲しい伝説
その昔、リガの娘たちは外国人と会うことを固く禁じられていた。
しかし、ひとりの娘がスウェーデン兵と恋に落ち、この門で会うようになった。
許されぬ恋をした娘は罰として、壁に埋め込まれた。
14世紀にリヴォニア騎士団(ドイツ騎士団の分団)によって建設された城、16世紀に再建。
1922年からは大統領官邸として利用されている。
2013年に火災が発生し、2016年に修復工事終了。
15世紀に起源を持つ住宅建築。
似たような家が3つ並ぶことから3人兄弟と呼ばれている。
階段型屋根、ゴシック様式やルネサンス様式などさまざまな建築様式を持つのが特徴。
現在は建築博物館となっている。
リガに唯一現存する中世の塔
ホテル着 Bellevue Park Hotel Riga 19:30
5日目:6月29日(土)
09:00 Bellevue Park Hotel Riga発
「ラトビアのスイス」と呼ばれるガウヤ国立公園へ(約72km/約1時間15分)
大自然の中にある2つの古城めぐりにご案内!(約2時間)
ガウヤ国立公園・ガウヤ渓谷 10:30
ラトビアで最大かつ最古の国立公園、生物の多様性、ユニークな地形、
四季折々の美しい景色、文化そして歴史的建造物が特徴、1973年に創設
13世紀に建設された城、その後焼失し、第二次世界大戦後に観光用に復元された。
内部は展望台や博物館になっている。
7つの飾りが付いた「七日間の指輪」が土産物として販売されている。
●スィグルダ城址
13世紀に建設された城、年月を経て破壊され復元されずに廃墟のまま保存されている。
13:45 エストニア・タリンへ(約297km/約4時間30分)
6日目:6月30日(日)
Radisson Blu Hotel Olumpia(Tallin) - Wellness Area
09:30 Radisson Blu Hotek Olumpia発
[世界遺産]エストニア・タリン歴史地区観光(約3時間)
世界遺産登録基準:13〜16世紀のハンザ同盟都市には、ドイツ騎士団や修道会など、
さまざまな文化が交流したことから独自のキリスト教文化が形成され、
北欧各地に広まっていった。町には要塞と城塞で囲まれた建築物の風景が調和されている。
バルト海に面し13世紀にドイツ騎士団によって城が造られた。
13〜16世紀にハンザ同盟都市として栄えた貿易都市。
旧市街には火事や戦乱などを重ねながらもドイツ人商館や教会、市庁舎など、
◎アレクサンドル・ネフスキー聖堂
たまねぎ型のドームを持つ聖堂、ロシア正教教会
1901年当時の支配者帝政ロシアによって建てられた。
この聖堂は、エストニアの英雄の墓の上に建てられたもので、
ロシアの権力を示すとともに、エストニア人の民族運動を抑える目的があった。
聖堂内には、イコンやモザイク画の他、日露戦争で戦死したエストニア人の慰霊碑があり、
日露戦争で沈没したロシア艦隊を記念したプレートも掛けられている。
現在では、エストニアに住むロシア正教の信者にとって重要な教会となっている。
◎聖カタリーナ通り
ニット製品の露店が並ぶ「セーターの壁」があるムーリヴァヘ通り(Muurivahe通り)と
ヴェネ通り(Vene)をつないでいる小路。
中世を感じられる旧市街で最も美しい通りだと言われている。
工芸品の作業場があり、職人のガラス吹きや陶器の製造現場を見ることができる。
両側にはギャラリーやショップやカフェ、レストランなどがある。
◎タリン旧市庁舎(Tallin Town Hall)、ラエコヤ広場
ハンザ同盟の都市であった1404年に完成し、市庁舎の兵士たちは町を監視していた。
元のゴシック様式のピラミッド型尖塔は、1627年ルネサンス後期の尖塔に置き換えられた。
尖塔の上部までの旧市庁舎の高さは64mである。
1970年まで市庁舎で使用、1975年以降、市庁舎は市政府のレセプション、
コンサートホールや博物館として機能している。
市庁舎広場(Tallinn Town Hall Square)は、中世以来、
マーケットが開催される場所であり、この古いハンザ同盟の町の中心であった。
現在、夏にはテラスカフェがたくさんあり、旧市街の日やその他の中世の祭りが開催され、野外コンサートやマーケットの会場にもなる。
冬にはクリスマスマーケットになり、そびえ立つ15m級のトウヒの木は注目される。
クリスマスマーケットは、世界で初めてクリスマスツリーを建てたと考えられている
1441年にまでさかのぼる。
400年以上、雨の日も雪の日も、市庁舎の塔の上から旧市街を見守っている。
1530年設置、初代オールド・トーマスは、市庁舎の古代の地下室に、
2代目のオールド・トーマスは、タリン市立博物館に展示されている。
Old thomas(オールド・トーマス)
タリンで最も有名で伝説的なキャラクターの1人
トーマスは若き農民であったが、
少年の頃に貴族が開催した毎年恒例のアーチェリーコンテストで、
優勝したことで有名になった。
長年撃ち落とした者はおらず、その腕前と能力が認められ、
当時身分の低かった農民から、市長より市の警備員という名誉を与えられた。
次の数年も、リヴォニア戦争中に数々の英雄的な行為を行い、
タリンに仕えた若い英雄トーマスは、次第に町民にも認められるようになり、
市庁舎の風見鶏に彼の名前を付けることによって、トーマスを称えることに決めた。
それ以来、オールド・トーマスは街のシンボルとなっている。
13世紀当時にタリンに城壁がまだなかったため、
市民にとって聖ニコラス教会は要塞や避難場の機能も持っていた。
教会の正門が強化されてあり、人を隠す穴なども設置されていた。
14世紀に増築が行われ、15世紀の改築が現在の姿になった。
聖ニコラス教会の中に残されてきたアート絵画の精緻さと数量を見ると、
中世タリンの商売や貿易が繁盛し、聖ニコラス教会にいかに富が集まったことが伺える。
二次世界大戦時に聖ニコラス教会は爆撃され、建築及び内容物のほとんどは焼失し、
壊れてしまった。しかし聖ニコラス教会の再建が1953年に始まり、
30年余りの時間をかけ、1984年に再建が完了した。
現在、聖ニコラス教会は、二グリステ博物館(Niguliste Museum)として芸術品や絵画の展示やコンサートホールとして営業している。
大聖堂は、1219年にデンマーク人がトームペアを占領してすぐ建設した教会で、
エストニア本土で最古の教会。聖母マリア大聖堂とも呼ばれている。
創建当初は、木造の教会であったが、その後石造の大聖堂が建立された。
さまざまな建築様式が混在する教会となった。
1684年には、トームペアを襲った大火災によって大部分を消失し、
約100年の年月をかけて再建された。
大聖堂の特徴は、教会でありながらも「墓所」としての役割もある。
教会の壁には無数の墓碑銘や紋章、墓標や石棺があり、
教会の床には墓石(最古のものは13世紀から)が横たわっている。
動物が描かれた肉屋のギルドや靴屋のギルドの墓石などがある。
タリンの旧市街は、中央部の「ラエコヤ広場周辺」と南西側の「トームペア」との間に
高低差があり、タリンの街並みや塔、バルト海を一望できる。
現在のタリンは、「バルト海のシリコンバレー」と呼ばれるほどIT産業が盛んな町で、
ここでSkypeが開発された。
昼食(ビーフシチュー)後、空港へ
7日目:7月1日(月)
Break Sokos Hotel Flamingo
09:00 Break Sokos Hotel Flamingo発
ヘルシンキ観光(約2時間)
◎ヘルシンキ大聖堂、ロシア皇帝アレクサンドル2世像
青銅のドーム屋根(海抜80m)と真っ白な外壁のヘルシンキ大聖堂。
フィンランドの国教・フィンランド福音ルター派のヘルシンキ地区の主教会。
1852年の完成当時は「聖ニコラス教会」と名付けられ、
1917年にロシアからの独立後に改名。
さらに1959年、ヘルシンキ主教区の設立によってヘルシンキ大聖堂となった。
階段上からの眺めは絶好の撮影ポイント
オレンジのテントがズラリと並び、観光客で溢れかえっている。
観光船が行き交う港沿いの屋外マーケットで食べ物屋台やカフェなどのグルメだけでなく、野菜や果物の屋台、民芸品のお土産屋台が並んでいる。
彫刻家エイラ・ヒルツネンが1967年に制作設置。
当初の公園の名称はホップ公園(Humallahden puisto)であったが、
1945年に作曲家のジャン・シベリウスの生誕80周年を記念して現在の名前に改められた。
シベリウス公園は現在工事中のため、観光に影響が出る場合がある。
◎ウスペンスキー寺院
フィンランド最大規模の正教会寺院
ヘルシンキ中心部の東側、南港に面して突き出るカタヤノッカ半島の高台に建つ
レンガの外壁と金色に輝くタマネギ形ドームは絵本に登場する不思議なお城のようで、
毎年約50万人が訪れる人気の観光スポットになっている。
ムーミンの作者トーベ・ヤンソンは幼少のころ、この近くに暮らしていたため、
ウスペンスキー寺院を囲む公園はトーベ・ヤンソン公園と名付けられている。
トーベの生家も近くにある。
中央にそびえるドーム屋根の高さは33mあり、高台から街の中心部を見渡すように立っているため、マーケット広場からもはっきり見ることがでる。
そして、この一番に目立つタマネギ形ドームは、ロシア正教会や東方正教会の特徴である。
寺院の建築は、ロシア帝国の建築家アレクセイ・ゴルノスターエフAlexei M. Gornostaevが設計して、1868年10月25日にウスペンスキー大聖堂として発足した。
建設当時のフィンランドはロシア帝国の自治大公国だったので、
ロシア皇帝アレクサンドル2世の依頼により、
聖母マリアの永遠の安眠を捧げるために造られた。
ウスペンスキーとはロシア語で安眠を意味する。
寺院内部は、正面を飾る金色に縁どられたイコノスタシス、ビザンチン様式の装飾と古典的な素材を組み合わせた内装が荘厳で独特な雰囲気を漂わせている。
ドーム型の天井には美しい星が描かれている。
そして、ロシア正教では立ったまま典礼するため、礼拝のための席はない。
また、寺院の地下には第二次世界大戦の際にソ連の空襲から逃れるために掘られた
防空壕が残っている。
ヘルシンキ観光の人気のスポット。
昔からあった大きな岩を自然な形で建設された教会。
教会内はやわらかく自然な光が差し込み、魅力的である。
時々ピアノやちょっとした演奏会も行っているが音響も素晴らしい。
また、特に夏の週末は結婚式や洗礼式などを行っている場合も多い。
◎ヘルシンキ中央駅
フィンランド産の花崗岩で造られ高さ48.5mの時計塔
正面出入り口の両脇に2体ずつ、計4体のランプを持った像が鎮座している。
像はVRのテレビCMに使われるなど非常に有名で、
この像を題材としたラップ曲もリリースされている。
ヘルシンキ中央駅は1860年に開業。
1904年新駅舎のデザイン・コンペが行われエリエル・サーリネンの新駅舎案が採用された。
サーリネンの駅舎案はナショナル・ロマンティズム建築と呼ばれる
フィンランドの民族主義を前面に押し出したデザインとなっていたが、
他の若い建築家達からその中世的な外観に批判が殺到した。
サーリネンはそれを聞き入れた上で徹底的な計画変更を行い、鉄筋コンクリートを使用した現在の駅舎案を1909年に完成させ、これを元に建設が行われ1919年に新駅舎が完成。
2000年、サーリネンの当初設計案にあったガラス屋根がプラットフォームの上に完成した。
観光後、自由行動(約3時間)
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港発17:35~
8日目:7月2日(火)
12:55成田国際空港・・成田空港第2ターミナル・・(JR高速バス1,300円)・・八重洲南口バスターミナル・・東京駅ー(JR中央線・中央特快)ー立川ー(JR青梅線、JR五日市線JR945円)ー秋川駅
フィンランド(Finland)
首都:ヘルシンキ
公用語:フィンランド語93.4%、スウェーデン語5.9%
人口:556万人、出生率8.1‰、特殊出生率1.41
GDP:名目GDP 3005億ドル(48位)、1人当たり名目GDP 54,007ドル(16位)
国家安全保障:常備軍16,500人、最大動員数34,700人、軍事費GDP1.4%、
徴兵制(6~12ヶ月)、NATO加盟(2023.4.4)
民族比率:フィン人91.7%、スウェーデン人5.5%、外国人5.8%
宗教:フィンランドルター派教会78%、無宗教20%、フィンランド正教1.1%
社会:高福祉高負担国税比率43.9%、国民総幸福量(GNH)世界1位
文化:サウナ文化200万カ所(ユネスコ無形文化遺産)、図書館利用率高い
その他:キシリトール発見、オンカロ処分場、NOKIA、Linux
エストニア(Estonia)
首都:タリン
公用語:エストニア語68.5%、(ロシア語29.6%)
人口:137万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 408億ドル(100位)、1人当たり名目GDP 29,839ドル(40位)
国家安全保障:最大動員数43,700人、軍事費GDP3.25%、徴兵制(8~11ヶ月)、
NATO加盟(2004)
民族比率:エストニア人69.7%、ロシア人25.2%、ウクライナ人1.7%
宗教:無宗教49%、正教会25%、ルーテル教会20%
社会:残留ロシア人問題、エストニア人とロシア語系住民の断絶
文化:パーヴォ・ヤルヴィ(2015年からNHK交響楽団の首席指揮者)
その他:電子政府・電子国家(e-ストニア)、電子居住権(E-Residency)制度、データ大使館・専用サーバー(ルクセンブルグ)、報道の自由度世界8位、IT技術者多い、Skype
ラトビア(Latvia)
首都:リガ
公用語:ラトビア語58.2%、(ロシア語37.5%)
人口:189万人、出生率8.5‰、特殊出生率
GDP:名目GDP 437億ドル(97位)、1人当たり名目GDP 23,153ドル(45位)
国家安全保障:常備軍7,500人、予備役36,000人、軍事費GDP2.33%、徴兵制、
NATO加盟(2004)、NATO軍兵士1500人駐留、平和度1.58(27位)
民族比率:ラトビア人62.7%、ロシア人24.4%、ベラルーシ人3.1%
宗教:ルーテル教会35.9%、無宗教24.2%、ロシア正教18.6%、
ローマ・カトリック教会19.6%、ラトビア神道697人
社会:非国籍者・無国籍(ロシア人18万人)問題、ラトビア民族主義者
文化:ギドン・クレーメル(ヴァイオリニスト)、マリス・イヴァルス・ゲオルグス・ヤンソンス(バイエルン放送交響楽団首席指揮者)、アンドリス・ネルソンス(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長)
その他:国籍取得の条件にラトビア語習得が義務付け
リトアニア(Lithuania)
首都:ヴィリニュス
公用語:リトアニア語
人口:288万人、出生率8.6‰、特殊出生率1.61
GDP:名目GDP 779億ドル(39位)、1人当たり名目GDP 27,026ドル(43位)
国家安全保障:常備軍人15,000人、最大動員数10万人、NATO加盟(2004)、
パブラデにアメリカ陸軍の重戦車大隊駐留(2019~)
民族比率:リトアニア人84.6%、ポーランド人6.5%、ロシア人5%、ベラルーシ人1%
宗教:ローマ・カトリック教会79%、無宗教9.5%、正教会4.1%
社会・経済:バイオテクノロジー、レーザー産業、アパート住い59%、一戸建住宅32%、
一律課税政策所得税24%法人税15%消費税21%、鉱物資源全く無い
その他:パランガ琥珀博物館、ミサイル基地跡・冷戦博物館
参考:日本(Japan)
首都:東京
公用語:日本語
人口:1億2462万人、出生率6.3‰、特殊出生率1.20
GDP:名目GDP 4兆2129億ドル(4位)、1人当たり名目GDP 33,806ドル(32位)
国家安全保障:陸自約15万人、海自約4万5000人、空自約4万7000人、統合幕僚監部など4000人、合計24万7000人、予備自衛官など約4万8000人、防衛省文官約2万1000人
防衛費GDP1%、平和度1.34(9位)、日米安保条約締結
民族比率:日本人97.5%、中国人0.6%、ベトナム人0.4%、韓国人0.3%、その他1.2%
宗教:無宗教62%、仏教31%、神道3%、キリスト教1% 宗教法人数:180,544
社会:少子高齢化社会、エネルギー資源問題、格差社会、積極的平和指数12位
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